卒・金文 旅(金文)

三月は「旅立ちの時」。様々な学校で「卒業」という大きな節目の時を迎えます。今回は、そんな時節にちなんで「卒」と「旅」という字を取り上げようと思います。

「卒」は「卒業する」のように業を「終える」の意味で用いられますが、もともと「終える」は「終える」でも「人生を終える=死ぬ」という意味を表す字でした。今から三千年前の「卒」の字は、衣(着物)の襟元(えりもと)に一筋斜めの線が入っている形で表されていました。

卒・金文(卒/金文3000年前) 衣(衣/金文3000年前)

古代中国では、人が亡くなった時、着ている衣(着物)の襟を重ね合わせ、結びとめる風習がありました。「斜めの線」は襟元を結びとめた形を表します。死んだ人の霊(魂)が外に出ていかないよう、あるいは死んだ人に悪い霊が入り込まないようにと考えたからでした。死んだ人の衣の襟元の上に「願い事を入れた器=口・篆文(さい)」を置いて、死んだ人をあの世に連れて行ってしまわないよう(かな)しみ訴えることを「哀愁(あいしゅう)」の(あい)」(衣という字の真ん中に口=口・篆文が入っている形)といいます。

哀・金文(哀/金文3000年前)

このように「卒業」の「卒」の成り立ちを紐解くと決して明るい意味ではありません。しかし、現在は物事を「終える、なし遂げる」ことや「にわかにことが起こる」こと(卒倒)などを表す字として使われています。

「卒」の字が使われる例として九十歳の長寿を祝う「卒寿(そつじゅ)」があります。俗字に「九の下に十」と書く「卆」があるからです。しかし、今日の話でいうと「卒(卆)」には「死ぬ」という意味があるのですから、成り立ちから言えばおめでたい言葉にはなりません。白川静先生は、生前「卒寿」という言い方より、むしろ九十歳は鳩寿(きゅうじゅ)と言ったらどうかとおっしゃっていました。鳩は「きゅう」の音があり、その字の中に「九」があります。はるか昔古代中国では、八十歳以上の長老に「鳩飾り」のある杖が贈られ、宮中で使うことが許されたそうです。「鳩」は「平和」の象徴でもありますから(めでたい)「鳩寿」と呼んだ方がいいかもしれません。

さて、死もあの世への「旅立ち」ということでしょうが、新しい生活への「旅立ち」の「旅」の字へと移ります。

旅・甲骨(旅/甲骨3300年前)  旅(金文)(旅/金文3000年前)

「旅」という字の成り立ちも三千年以上前の古代文字を見るとよくわかります。
吹き流しをつけた旗竿(はたざお)のもとに二人の人がいる形です。古代文字では同じものを二つ書くと「多い」の意味になります。「吹き流しのついた旗竿を先頭に、多くの人が連れ立って行く」様子を描いた字です。今の「旅」の字では「旅・旗竿 が旗竿」、「旅・吹き流しが吹き流し」「旅・ふたりの人が二人の人」を表します。旗を掲げるバスガイドさんの後を子供たちがついて行く光景に似ています。それが「旅」という字の始まりです。

旗(篆文)(旗/篆文2200年前) 其・甲骨(其/甲骨3300年前)

ところで、「吹き流しをつけた旗竿」とはいったい何でしょうか?
これは一族(氏族)の祖先の霊を移した「氏族旗」と呼ばれる一族のシンボル旗です。古代中国ではこの旗を掲げて歩けば、異郷の地でも祖先の霊が自分たちを守ってくれると信じられていました。多くの場合、戦いなどに一族の者が連れ立って出かける時にこのような旗をおし建てて出かけたのです。「旅」とは一族の軍隊を率いて戦争に行くことを表す言葉でした。

このように「旅」という字の成り立ちは、軍隊とかかわっていました。今でも軍隊の組織の単位に「旅団(りょだん)」という言い方があります。祖先の霊に守られた自分たちの土地から外に出かける時は、「祖先の霊」を旗(吹き流し)に移して、それを先頭に掲げ、一族で目的地に向かいました。その行動を「旅」といったのでした。

現代でも「旅立ち」の時には、氏神様のお守りや旅の神さま「猿田彦(さるたひこ)神社」のお守りを身に付けたりして出かけることがあるのも、旗に移した祖先の霊に守ってもらおうとした古代の人々の遠い記憶の名残かもしれません。

放送日:2016年3月21日