宮脇賣扇庵外観

京の六角通りは楽しみの多い通りである。六角通りの由来となった「六角堂」があり、画材屋の金翠堂があり、三木半旅館の西南角には信長時代の灯篭もある。

六角富小路を東に入った宮脇賣扇庵もすぐに目につく店構えである。目につく店構えではあるが、「冷やかし」では入りにくい風格がある。やはり、老舗のオーラかもしれない。何度も通り過ぎていたが、たまたま友人の付き合いで店に入ることとなった。友人が扇子を選んでいる間に、人気(ひとけ)のない二階に上がってみた。二階は扇子ギャラリーになっている。ゆるやかな階段を上がって行くと、上記の扁額(へんがく)が掲げられていた。驚いた。入らなければ出合わなかった文字である。だから、老舗は奥が深い。

宮脇賣扇庵

字は翠色みどりいろに塗られた篆書てんしょ体で、右から「盦扇賣ばいせんあん」と書かれている。「賣(売)」は古くは「賣・出る (出)」と「賣・買う(買)」の組み合わせである。買は貝をひそかに買い集めること。その買い集めた貝を出すことを賣(売)という。売は賣の新字体である。「賣(売)」は古く賠償を支払うという意味で用いられたが、のち売買の売、「うる」の意味で用いられる。

「扇」は「戸」と「羽」の組み合わせ。戸は(とびら)、羽根は左右の(はね)のあるものなので、もともとは両開きの扉をいう。のち、「団扇(うちわ)」・「(おうぎ)」をいう。団扇の歴史は古く、古代中国でも使われていたが、木の薄板を重ねて作る扇は日本で発明された。最初の扇は長さ2~3センチ幅の薄い(ひのき)の板を重ねた檜扇(ひおおぎ)といわれるものだった。薄い竹の骨をつなぎ、その上に紙を貼った折り畳み式の扇が登場するのは平安時代の中ごろで、これが現在の扇子のルーツになったといわれている。

(あん)」は「庵」の異体字である。盦は酒(酉)の入った(つぼ)(ふた)をした形。「草のいおり」を表す「(あん)」と音が共通していたので「庵」として使われるようになったが、古くこの字は父母の喪中(もちゅう)に住む簡素な「いおり」を表した。

古代文字
宮 脇 賣 扇 盦