祈・篆文

このコーナーを始めて150回を迎えました。6年前、京都南座の近くの食堂で、岸田*君に「古代文字」の話をしたのがきっかけでした。まさか、こんなに長く続けることになるとは思ってもいませんでした。
*FM世田谷月曜日アフタヌーンパラダイス パーソナリティ岸田敏志さん。

ラジオでは、漢字の成り立ちを声だけで説明しなければなりませんから、わかりやすく説明するのが難しくて、毎回「うまく伝えられたかな?」と冷や冷やすることばかりです。それでも、何とかやってこられたのは、岸田君と光部さんの上手な「合いの手」があったからです。本当に、お二人に感謝です。(放送日、リスナーの皆さんから温かいメッセージを頂きました。ありがとうございました。)

150回目がちょうど1年の最後となったので、2020年を振りかえってみます。

今年の出演も今日で24回目です。この1年で扱った漢字は延べ110字余りになります。テーマも、今年は「新型コロナウィルス」の流行に翻弄された1年でしたので、それに関連するテーマが多くなりました。

1月の終わり、まだ対岸の火事のように見えていた時、なんとなく忍び寄ってくる不安があって南天の実」を取り上げました。京都では「難を転ずる」という意味を込めて、南天の木を家の片隅に植える風習があります。禍が入ってこないようにとの思いで「念」を込めたのですが、やはり、無駄でした。

2月は神への祈り」というテーマでした。古代の人々が、神への祈りを通して、人の力ではどうすることもできない力に立ち向かおうとしていたことをお話しました。徐々に迫りくる新型コロナの気配が現実のものとなりつつありました。

3月には、古代の人々が恐れた祟りをもたらす風に乗ってくる蟲」=風蠱(ふうこ)の話をしました。本当に迫りくるウィルスの脅威が現実となりました。学校閉鎖。

4月には、上橋菜穂子さんの『鹿の王という得体の知れない病原菌に立ち向かう人々の物語を紹介しました。緊急事態宣言。

5月。愛鳥週間」というテーマでも、鳥の形から生まれた「隹(ふるとり)」の字を織り込んだ、『進むのも集まるのも今は難しい。命を奪われないように、焦らず、唯、我慢』という短い文を作りました。(今もこの状況が変わっていないところがつらいです。)

8月にはうらめしやコロナ!。11月には魔に立ち向かう力とコロナの話題は続き、全部で関連するテーマは10近くになっていました。

今年は、コロナ禍に見舞われた歴史的な1年でしたから致し方ありませんが、漢字にも「得体の知れない禍」や「魔をよける」ための思いを込めた字が多くあります。古代の人々も、人間ではどうすることもできない大きな力に出合った時、救いを求めるために、本当にあの手この手を使ったのでした。

弓・甲骨

弓/甲骨3300年前

医・篆文

医/篆文2200年前

陽・金文

陽/金文3000年前

戻・篆文

戻 戾/篆文2200年前

桃

桃/篆文2200年前

祭・金文

祭/金文3000年前

強力な力を持つ弓矢・(まさかり)の力。元気を与えてくれる宝石の「」、魔物の匂いを鋭くキャッチして追い払うの力、魔をよける力を持つ木=の力。神様がお好きだったお肉、穀物、ありとあらゆるものを使って、平穏を求める姿が漢字の中に残っています。

今年1年の間に皆さんにお伝えした110余りの漢字を眺めていると、漢字の力に託して皆さんに魔に打ち勝つ思いを繰り返しお伝えしたかったのだなと思います。

来年が、希望の見いだせる1年になるよう、今を「頑張りどころ」として、新年に向けていつものように準備を行いたいと思います。

昔の人々にとって、1年で1番邪気を祓うための祈りをささげる時期が、年末でした。大みそかは、漢字文化圏では「除夕(じょせき)、除夜」と言って邪気を追い払う儀式=追儺式(ついな、鬼やらい)の行事が行われていました。現在節分の日に行なわれている鬼を祓う行事は、もともとは正月前の行事でした。新しい「年神さま」を迎えるに当たって、汚れをはらい清める儀式を大みそかに行ないました。「しめ縄」を玄関に飾るのも、悪いものを家に入れないための結び=結界です。

年が明けていただく「お屠蘇(とそ)」を飲む風習も、隋・唐の時代にまでさかのぼります。酒を飲んで邪気を払い、健康であることを願う行事は正月の大切な儀式でした。中国では春節に爆竹を鳴らしたりしますが、はるか昔から悪いものを追い払うために行なわれていた行事の名残です。

そして、新しくやってきた「年神様」から、パワーをもらうのが「年玉」でした。「年玉」は「年神様からいただく魂(活力)」のことでした。新しい年を精一杯生きる活力を生み出す手形のようなものでした。それを何によってもらうか。神社に行って祈りをささげることかもしれませんし、お札やお守りかもしれません。おせちや神様に供えたおさがり物を頂くことかもしれません。とにかく、あなた流のやり方で新しい年のパワーをもらってください。

どうか皆さまにとって1年を乗り切るための良い「お年玉」がいただけますよう、祈っております。

今年も1年お付き合いいただきありがとうございました。よいお年を!

 

*冒頭の古代文字は『祈』(篆文2200年前)

放送日:2020年12月28日